ランディの火葬がすみました
 5月14日の午後1時30分、秋田市天王の長沼禅苑でランディの火葬がすみました。私は親しい人や身内の死を経験したことがないので火葬場に行くのも初めての経験でした。ランディは私がブリーダー選びからこだわって、飼いたくて飼いたくてしょうがなくて飼った犬でした。ゴールデンレトリバーに多い遺伝病もしっかりもっていた子でしたが、その欠点を補ってもあまりある魅力をもった子でした。
どうやったらこんなに性格が良くてやさしい子が生まれるんだろうと何度も思ったものです。

 ランディを火葬場の台の上に乗せた後、母、私、妹、弟の4人で最後のお別れをしました。弟は
ランディの顔に頬をくっつけてお別れをしました。私も最後にランディの匂いをかぎ、同じようにお別れをしました。みんなで一緒に泣きました。

 ボタンがおされ、火が勢いよくついた音がして、煙がそらに巻き上がりました。そえから2時間近くしてすべてが終わりました。ちいさくなったランディの骨をみんなで少しずつ骨壷にいれました。人工関節の手術をしていたランディですが、骨の中にもえずに2本のチタン製の関節が出てきました。


 この日は朝から雷がなったりして大雨こそ降りませんでしたが、時折小雨が降って寒い日でした。
 帰りの車の中で妹が「みて!虹が出てる!」といいました。私も運転しながら妹のいう方角をみると
虹が出ていました。死んだものは「虹の橋を渡る」とよく表現されますが、なんだかランディの為に
虹が出たようでした。

 帰り道、コンビニによってランディの大好きだったフライドポテトと筋子おにぎりを買いました。お骨になって帰って来たランディのそばに白いかわいらしい菊と一緒にお供えしました。お坊さんは
「あまり飼い主が悲しんで写真やらお供え物をして亡くなったものを縛り付けてはいけませんよ」って
話していましたが、どうしてもその心の切り替えがうまくいきません。

 妹がいつもよく当たると言っている占いがあるのでランディが死んだ日の私のことを見てもらったのですが、「今日起こる良くないことは運命だと思って素直に受け入れなさい」と出ていたそうです。
ただの偶然かも知れませんが、そうか、そうなんだと自分に言い聞かせてなんとか心の中で
折り合いをつけようと頑張っています。

 でも、私にとっては家族と同じ存在だっただけに、なかなかうまくはいきません。
 
 最後にランディの耳元で「またうまれかわってそばに来るんだよ」ってお願いしてしまいました。


 ランディ(1995.3.21~2009.5.13)  14歳と一ヶ月の生涯でした。
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【2009/05/15 09:47 】 | 未分類 | コメント(4) | トラックバック(0)
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コメント
あいこさん。
泣きながらブログ読んで、
泣きながらコメントうってます。
あいこさんの心中を思うと
何と声をかけたらいいか・・・・
でも、なんか声をかけたくて・・・。

14歳一ケ月、立派です。
私はお空のランディくんに拍手を送りたいです。もちろん、あいこさんにも!!

あいこさんがランディくんと出会って、
14年も一緒に過ごして、
そして、お店を開店して
ランディくんはそれを見届けて、最期を迎える・・・って
運命だったと私も思います。
でも、すぐには哀しみは乗り越えられないですよね・・・。
(私も高2の時に母親を、一昨年父親を亡くしていますが、いまだ乗り越えたのかどうか微妙です。)

あいこさん、どうぞ体を壊されたりしませんように・・・

ランディくんのご冥福をお祈りします。
「さよなら」じゃなくて「ありがとう」ですね。




【2009/05/16 17:36】| URL | かぁか #cAs02nXc [ 編集 ]
かあかさん、ありがとね
 かぁかさんへ

 こんな話題、コメントしづらかったでしょう?
ホントにごめんね。でも、ランディに何が起こったのか、ブログに残しておきたかったんです。
かぁかさんもおんなじゴールデンを飼っていて、しぐさの事とか、重なることがあって
つらいおもいをさせちゃったね。

 きっと家族想いのかぁかさんだから、
泣いちゃうだろうな~って思ってました。ランディが3本脚になった時もランディの為に泣いてくれたよね?本当に本当にありがとう。

 ゴールデンってね、身体が子供並みに大きいこともあって、存在感がありすぎです。亡くした時、部屋や家がただっぴろく感じちゃって、余計につらいです。

 亡くなった夜に玄関にピンクの敷物(アルフみたいな表情のランディの写真に一緒に写っているもの)を敷いて一晩寝かせておいたんだけど、そのそばを通るたびにすがりついて泣いちゃった。添い寝したり、死後硬直で硬くなった身体をなでてやって、おなかに顔をうずめたり......。はたからみたら不気味なやつだと思われるかも。でも、私の犬だったから、
私をボスだと思ってたよっていた犬だから
自分の子供みたいなものだったんだよね。
犬が死んだくらいでメソメソすんな!って言われそうだけど、犬っていう感じじゃなくて、本当に家族だったんだよね。だから、もう無くなってから数日たったというのにまだメソメソしてます(苦笑)

 まだね、ランディの匂いとか、腕をつかんだときの感触とかはっきりと覚えていて、それを思い出すたびに涙腺がゆるんでしまいます。
ランディの遺骨を置いて、その前に大好きだった「なめらかプリン」をお供えしているんですが、母もちっちゃな、ちっちゃなおにぎりを握って届けてくれます。

 本当に本当に大好きだったんだよね、おにぎり。実家横の加工所で働いていたときには
よく母の加工室の方におにぎりをねだりにいってたな。3本脚になっても、引きずるようにしてそこまでいってたし。

 死ぬ前まで一生懸命自分の足で歩いて
トイレも前足をプルプル震わせながら
頑張っていたんですよ。体重ものってたから
大変だっただろうに。

 本当に頑張り屋さんだったな~。見た目はまだ9歳くらいに間違われそうなくらい毛もふさふさでキラキラしていたから「こいつは死なない、きっと死なない」って変なことを考えていた私です。でもお別れって小さな偶然が
いくつも重なって、突然やってくるんだよね。
苦しませて一人で逝かせてしまったから
本当に後悔ばかりしています。

 
【2009/05/17 07:01】| URL | ぶ~にゃん #- [ 編集 ]
あいちゃん、お元気ですか?
この間はいきなり夜分に電話してごめんね。

ランディの事、まだ信じられないでいます。
去年帰った時には子供達の傍まで来て歓迎してくれてて
足が一本なくなっていても
きっとランディはずっとこんな天真爛漫なままずっと長生きしていくのだろうと
私も勝手にそう思い込んでいました。

不幸って、本当に
ただの小さな偶然が重なりあって出来ていくものなのだろうね。
だから、あまり自分を責めたりはしないでいてね。

おばさんの作った大好きなおにぎりを食べながら
あいちゃんが忙しく働く気配を近くに感じながら
いつもの日常の中で命を全うできたランディはきっと
「僕、幸せだったよ」
そう思っているのではないかと思います。

あんなに幸せそうな顔で、そこまで長生きさせられた自分なんだから
ちょっとは誇らしく思っていてよね?(●ゝω・´)b

今頃は虹の橋のたもとで
四本の足で元気に走り回っている頃でしょうか。
いつかまた、あんな存在に会えるといいね。
【2009/05/19 11:32】| URL | あやの #ncVW9ZjY [ 編集 ]
あの電話、すっごく嬉しかったよ~
 あやへ

 あやはランディがどんな犬だったか、じかに
接して分かってくれている貴重な存在です。だから、本当に嬉しかった。

 近所のあるおばさんがね、お店(スプレンダーじゃないよ)ですれ違った時に「お宅のワンちゃん、この頃見ないけど元気?」って声をかけてきたの。私が今の家に引っ越したときに犬も一緒に引っ越したわけだから、どうして
今、うちの犬の事が気になるのかな?って不思議に思いました。まだランディを亡くした喪失感が強くあって気分が晴れないから余計、
なんだか気になったの。で、父に「もしかして
○○さんにランディの事言った?」って聞いたら「ああ、言った」だって。無神経な父にも腹が立ったけど、窒息して死んだって知ってるのに「元気?」ってわざわざ話題をふった
そのおばさんの神経を疑ってしまったよ。
それって、子供を亡くした親が居たとするじゃない?その親に亡くなって悲しんでいると知っていて「お宅のお子さん、元気?」って言ってるようなものでしょ。死んだと分かっているのにたとえば、入学前の子供だとしたら
「制服、準備しなきゃねえ」とか言ってるのと
同じことでしょ?父はどうして犬の話題になったのかと問いただしても「どうしてか犬の話題になったんだよ」と言い訳。父にとっては犬の
死も楽しい話題に過ぎなかったって分かったよ。父のデリカシーの無さは以前から良く分かっていたけど、人間として軽蔑したね。

 大潟村に住んでるまた別のおばさんがね、
ランディを車に乗せて出かけたりしているのをみて、「お宅のワンちゃん、幸せものだね。いつも車に乗ってるの見かけるよ」って声をかけてくれたの。そのおばさんはかわいがっていた犬を亡くした時、あまりにもつらくて、そのつらさから立ち直るのに半年以上かかったんだって。実の親が亡くなった時は平気だったのに......って。だからもう犬は飼えないって。でも犬を乗せて楽しそうにしている私をみていたんだね。

 今までね、仏壇に何かをお供えするっていう感覚が全く分からなかったの。お盆とかに
いろんなものを買ってそろえて、亡くなった人を迎えるって言う感覚が。今まで祖母や祖父の死はあったものの、佐賀県と秋田じゃ距離があって、もともと10年とか、それ以上あっていない存在だったから。でもね、大切な存在を亡くした時、「すきだったあの食べ物をお供えしよう」とか「この綺麗な花、かざってあげたい」とか素直に思うんだよね。今はね、店先の花を見るたびに買って帰りたくなっちゃう。大好きだったヨーグルトとかプリンも
たくさん買って帰ってやりたいと思う。

 でもね、この喪失感はつらいね。ランディの
匂いも毛の感触もトイレを補助した時の
体重の重さもしっかり覚えているのに、もう二度と触れることが出来ないんだから。

 あ~っ、こんなこと打ってたら涙が出てきた。だめだね、ホントに.....。

 ところで、あやの大切な存在はもう見つかったの?雨が降って過ごしやすくなったら庭先に出てくるんじゃないかと期待しているんだけど。

 だれにでもね、こころのよりどころにしているものとか存在とかあると思うんだよね。それがどんなものでも生き物でも、優劣はつけてはいけないと思うし、誰も何もその大切なものの代わりにはならないんだよね。

 今ね、ネットをやってるとランディに似たゴールデンを探しちゃうんだよ。ランディに似たゴールデンはランディをブリーディングしたブリーダーさんのところにいけば見られるんだけどね。
犬もね、血統とかで顔とか体つきは決まってしまうからね。この喪失感を埋めたくて子犬、かわいいな~とか思っちゃうの。ランディと同じ顔をした犬が欲しい。それって単なる身代わりじゃない?って言われるかもしれないけど。
でもランディは帰ってこないって頭では分かってる。どうやったらこの喪失感をふりはらえるだろうかって思う。

 でもね、電話すごく嬉しかったよ。あれでちょっと気持ちが楽になった。あやも心配事で
色々大変な時に、私の心配をしてくれて、アリガトね。

 あやの大切な存在も無事帰ってくるといいね。
【2009/05/19 14:11】| URL | ぶ~にゃん #- [ 編集 ]
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